« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006年5月10日 (水)

5月病

ロブ(以下、R):G.Wも明けて、新入社員、新入生には「5月病」と自己診断しちゃう人が増えて きますよね。この名称は、4月の環境の変化に伴って、5月頃から鬱的症状になる人が多いことから名前がついた一種の鬱状態のこと。もともと五月病は学生に多くみられるもの。厳しい受験勉強を勝ち抜いて、学校に入学。その緊張が連休などで解けてしまい、急激に気力を失ってしまうところから起こることが多い。
 しかし、最近では学生だけでなく、社会人でも多くの人が五月病に悩まされているようです。その原因は、転職する人が増えたことや、不景気で仕事が大変な人などいろいろ。
 とにかく、五月病は学生だけがかかるものではないということは確か。就職したての新社会人はもちろん、何年も勤めている人でも五月病にかかる可能性は否定できないみたいです。
 僕は、5月病には縁遠い人間なんですが、渋井さんはいかがですか?

渋井(以下、S):私も、フリーランスなので、現在は「5月病」とは関係ないですね。ただ、わからなくもないです。大学に入学当初、私は電話魔になりました。サークルの先輩とけっこう長電話ばかりしていました。まだ入会したばかりだというのに。イエデンだというのに、4月と5月は電話代が3万を超えました。
 そのため、電話代を安くするほうほうはなにかと考え、普通なら、通話時間を短くしようと考えますよね?私はそうしなかったんです。当時は東武東上線の若葉駅から徒歩10分ほどのワンルームマンションに住んでいました。電話の相手は都内が多かったので、「そうだ、都内に引っ越そう!そうれば通話時間が同じでも電話代は安くなる」と思って、上板橋駅から徒歩8分くらいのアパートに引っ越します。それだけ、当時の私には電話が大切でした。
 大学卒業後、私は長野県に住みました。新聞社に就職したのですが、当初は知り合いがほとんどいない土地でした。当時の彼女も長野県だったので、会うことはできましたけど、休みが会うことが少なく、コミュニケーションが仕事以外に少なかったので、ちょっと凹んでいました。
 ちょうど5月くらいかな、いまから考えれば、鬱傾向はあったと思います。その時点で精神科に通えば、抑うつと診断されたかもしれません。知り合いほとんどいない土地で、しかも仕事も慣れない。そして、生活も不規則。かといって、その頃は今みたいに飲み歩きという遊びもそれほどしていない。家の中で鬱屈していたのを覚えています。そのとき、その鬱屈のはけ口はまたもや、電話でした。ツーショットダイヤルにはまったわけです。

R:この時期ってのは、雅子様も罹患していると言われる「適応障害」に悩む人が多いんじゃないでしょうか。渋井さんも、大学も就職先もやはり、適応しようという力が必要以上に入っていたんじゃないかな。
 そうじゃなきゃ、鬱屈した気分にはならないでしょう。僕の場合、どこに行ってもそつなく入り込めてしまう器用貧乏なので(笑)、あんまり対人関係、環境で悩むことはないんですよね。
 どちらかというと、「自分の存在の不思議」という実存的問題が絡まってるら、5月病っぽくなっても、学生時代もあんまりこの時期に鬱っぽくならなかった。でも、相談メールは年末、3月、そしてこの時期には多いですね。あとは9月かな。でも、渋井さんは、ツーショットダイヤルで回復したってわけですか?

S:器用なんですか。それは外見的には、うまくやってるように見えるから、周囲には心配されないよね。私も普段はそうです。ツーショットダイヤルなんかやっているようには見えなかったと思いますよ。当たり前ですが、当時の彼女にも隠していたしね。
 電話やツーショットダイヤルだけでは回復しませんよ。さきほどの例で言えば、大学入学のことは、読書をすることで電話魔を抜け出した。当時は社会科学や哲学書(たとえば、『唯物論哲学入門』とか、『賃労働と資本』とかだったかな)を中心に、たまに、『子供たちの復讐』とか『開け!心が窓ならば』等のルポも読みました。法学部生だというのに、法律学はほとんど読んでないんですね。私の場合、そうすることがサークルの先輩とのコミュニケーションを促進したんです。
 就職した時にツーショットにはまったときには、塩尻市に住んでいた当時は、相手に会いました。ときどき、ゲイの人とも会うことになりますが。でも、それまでに電話代がものすごくかかる。だから、プリペイドカードを買ったりしましたが、それも飽きて、niftyのチャットに移行します。午後11時以降の、いわゆるテレホーダイの時間につなぎっぱなしでしたね。ネットを初めて、ホームページを作ったのもこのころです。とにかく、誰かとつながっていたかったんですよね。
 いずれの場合もコミュニケーションを促進することで、誰かとつながっていたいという欲求を満たしていたように思います。
 でも、いま、Yahoo!Japan!で新着特集があって、そこに「5月病を撃退! 心の健康特集」ってありますよね。抑うつ状態になったときに、人はこれまで、自分なりの抜け出し方を探したと思うんです。私の場合は、電話コミュニケーションやネットコミュニケーションですね。いまだとしたら、飲み歩きでしょうか。でも、最近はすべて、「心の病」とかに還元される傾向があると思うのです。斎藤環さんの本のタイトルにあるような「心理学化する社会」だと思うんです。ロブさんはどう思いますか?

R:「心理学化社会」は止まりませんね。臨床心理士も国家資格になるようですし。ただ、マスメディアが「病気の原因にはストレスが…」って言い過ぎなんですよね。そもそも、医学的にストレスのエビデンスってのはあんまりないし、どちらかというと俗語の部類です。うつ状態、不安も、肝臓の悪い人はかなり激しく出る。
 そういう臓器異常からの信号を精神状態がキャッチすることが多いのに、そういう観点から精神科医はあまり見ない。だから、神経症圏の病気が慢性化して心療内科・精神科クリニック乱立のサイコバブルになってしまった。
 実際に、この時期から精神科に受診する人は多いみたいです。自分で解決しようという内発性が子どもの頃からない人が増えてるんじゃないでしょうか。塾講師を始めて、小学生と接する機会が増えてからそう思うようになりました。これは、教育の問題ってより、親のしつけの問題ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 3日 (水)

ネット恋愛

渋井(以下、S):最近、ネット恋愛を取材、執筆しています。ネット恋愛は、ネットがきっかけになる恋愛であって、会った後に好きになる、会う前に好きになる、会わないのに好きでい続ける、というパターンがあります。私も何度かネット恋愛を経験しました。付き合った場合も、付き合わない場合もあります。私自身は、いずれも会った後に、恋愛感情が芽生えました。そうえいば、ロブさんも、ネット恋愛の結果の結婚ですよね?

ロブ(以下、R):ネット恋愛の結果って…(笑)。まあ、そうですけどね。まだ、僕と妻が知り合った頃は出会い系サイトもネット恋愛もそういう言葉がなかったんですよね。メグライアン主演の「You've got  m@il」が上演されてから、ネット恋愛がロマンティック・ラブみたいに少しは語られました。
 ただ、渋井さんが言う定義では、僕たちは前者ですね。ネットはきっかけに過ぎない。そもそも、ネット環境もISDNも夢の時代で、メールのやり取りより電話の方が早いし、安いって時代でしたから。携帯で写真を送ることもできない時代でしたから、過剰な期待は否が応でも膨らむわけです。
 でも、二人とも会うまでは押さえてた。それが、結果的に洪水のように感情があふれ出て好きだってことを確信して、付き合うようになったんです。まあ、結婚まで至るとは思いませんでしたけどね。遠距離恋愛も相互作用して、お互いの恋愛観を変えるまでになりました。だから、実際に会わなくても付き合ってるって言う人の相談は、感覚的に、正直わかりづらい。
 もちろん、会わないから思いは募るわけですけど、募りすぎて、実際に会った場合に肩透かし食らったり、盲目的に好きになったせいで、他にも相手に好きな人がいてもそれに気付かなかったりするでしょ?そういうのは、匿名性メディア恋愛の特徴かもしれませんけど、ネットからケイタイまでどこでも入り口があるネット恋愛って傷つくことも込みでしてる人は少ないですよね。だから、僕は否定はしないけど、会わないで付き合ってるというのはおかしいなぁって感じです。

S: 私のネット恋愛も、実際に会う前に好きになったケースはないんですよね。ネットは出会いのきっかけにすぎませんでした。たしかに、会う前に「いいな」って思ったり、気になったりしたことはあります。それに、その相手からメールが来ないと、どうしているかな?と心配したり、寂しかったりすることもありました。でも、好きにはならなかったですね。理想化してしまう心理はわかりますよ。それって、ネット恋愛じゃなくても、リアル恋愛でもある程度はそうですからね。
 ただ、ロブさんの場合もそのようですが、ネット恋愛と遠距離恋愛が重なると、なかなか大変だな、って思うんです。一般的に、遠距離恋愛の場合、最初は近距離恋愛で、どちからがなんからの理由で引っ越しします。あるいは最初から遠距離恋愛でも、恋愛するなんらかの理由が必要になる。いずれの場合も、リアルなコミュニケーションの中で、相当な理由がある。そうしたベースの上に、電話だったり、手紙だったり、今であれば、ネットがあったりする。ネット恋愛&遠距離恋愛の場合は、リアルな場面で恋愛する相当のコミュニケーションがないこともある。
 でも、彼ら彼女らは「ネットや電話で毎日会話しているので、会っている気がする」と話しています。たしかに、私もそうした思いはありますが、リアルで会える近距離のネット恋愛だったから、そう思いました。
 会わないで恋愛する人もいますよね。まったく会わないで、ネトカレ=ネット上の彼氏やネトカノ=ネット上の彼女がいたりする人もいます。たしかに、そういう人たちは毎日のようにネットで会話しています。メールやメッセンジャー、IP電話、ケータイ電話などのチャンネルが増えていて、しかも、メールエッチやチャエッチ、テレホンセックスをしているので、ある程度は性欲も満たしているんです。会わない相手とそこまで継続的に心理的にもつながるのはすごいな、って思います。脳内恋愛=二次元恋愛に近いのかもしれませんが。。。。
 私もメールエッチやチャエッチはしたことありますが、ロブさんはありますか?笑

R:メールエッチやチャエッチはないですね(笑)テレホンセックスは何回もしましたけど。 想像の中でのセックスってのは官能的ですよね。ただ、テレホンセックスと違って、微妙なニュアンスが相手にも届かないし、こっちにも届かないんじゃないですか?メールやチャットでは?
  なんか、即物的な感覚が拭いきれないんですよね。メールセックスやチャエッチってのは…。


S:テレホンセックスとの違いかぁ。経験で考えると、微妙なニュアンスが届かないことが違いではないと思うんですよ。そうした微妙なニュアンスが届かないのは、リアルなセックスでもあるときはありますからね。むしろ、テレホンセックスの場合には、常時相手の声は聴こえ、相手を感じることができます。しかし、メールエッチやチェエッチの場合は、文字がやりとりされるときだけがつながっている感覚です。しかも、文字を打たなければならず、手をあける必要がありますよね(笑)。だから、文字を打つ時は、ちょっと理性的になってしまいます。
 こうしたエッチに代表されるように、相手をどのように感じることができるのかが、ネット恋愛のポイントであるとは思います。これは、ネットをきっかけにした恋愛や、ネットの中だけの恋愛のみならず、リアルから始まった遠距離恋愛でネットを利用して継続する場合、すべてにあてはまることだと思います。
 私の最初のネット恋愛のときには、遠距離恋愛ではなく、結局付き合うことはしませんでしたが、Webでの交換日記を書いていたことと、ICQでの会話、ケータイ・メールが相手を感じさせる道具でした。でも、リアルに会ったことが多かったので、相乗効果のようなものだったかな。昔で言えば、デートし終わって家に帰っても、長電話しているような。
 二回目のネット恋愛のときは、これも遠距離恋愛ではなかったですが、朝起きて、外出するときまで、また帰宅から夜寝るまでは、Yahooのメッセンジャーをオンラインにしていて、テレビを見ながら、あるいは他のチャットルームに入りながら、会話していました。執筆しながら、会話していたこともあります。
 会っていないときに、相手をどのように感じることができるのか。私自身の体験を考えても、そうしたパーソナル・メディアがない時代には、手紙がありましたし、毎日電話するわけでもなかった。会っていない間、相手のことは気になり、不安感や孤独感を抱きましたが、それは恋愛にとっては必要不可欠なものでした。しかし、パーソナル・メディアがある現在では、不安や孤独を感じたら、メールをすることもあるし、電話をすることもある。相手の声やメールの文字を見ないと、相手を感じられなくなっているのでしょうか?

R:やっぱり、男性側は想像力の欠如は顕著だと思いますよ。だから、デート中のコミュニケーションで女性に愛してるってオーラを伝えられてない。女性が、そういうオーラを感じる感受性が鈍くなっているのもあります。要するに、すぐに相手とケータイなんかでは連絡が取れてしまう。
 昔だって、本当に好きな二人は、それぞれの家に帰っても、不安だったでしょう。でも、即時に直通連絡手段がなかった。だから、自分の気持ちをコントロール、もしくは押し殺したりした。
 でも、今は、そういう不安に耐えられなくて、会った数分後に電話して長電話とかしてしまう。メールの顔文字一つで相手の気分を害したと落ち込んだりしてしまう。便利になった分、そういう感受性は鈍くなってる男女が多くなってる気がします。
 

S:不安に耐えられないというのはあるでしょうね。それは、恋愛だけでなく、コミュニケーションの全般の問題として言えますよね。ただ、そうした人たちが多いことを前提に、恋愛や友人、家族関係を考えなければいけなくなった時代ではあります。その中で、自分のスタンスを、コミュニケーションの相手に伝えておくことが必要になってきているんだな、って思います。
 ちなみに、私の場合には、仕事の場合や、友人関係、家族関係の場合は別ですが、好きになった人とは、一日に何度もメールを送っても苦痛ではないですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »