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2006年3月22日 (水)

ネット心中

ロブ(以下、R):今回は、ネット心中について話しましょうか。最新のデータとしては下記のようなものがありました。

 昨年1年間に、インターネットのサイトで知り合い一緒に自殺する「ネット自殺」は全国で34件(前年比15件増)発生し、91人(同36人増)が死亡したことが9日、警察庁のまとめで分かった。
 同庁が統計を取り始めた2003年(12件で34人が死亡)と比べ件数、死者数ともに約3倍に急増している。
 まとめによると、死者は男性54人、女性37人。年齢別では20代が38人で最も多く、30代が33人、40代が9人、10代が8人などの順。
 昨年2月には神奈川県三浦市の農道に駐車したワゴン車の中で男性3人、女性3人が練炭で集団自殺するなど、同年1−3月に20件(死者54人)が集中した。
(共同通信) - 2月9日

 この記事は数字だけ見ると、どんどんネット心中が増えている印象を与えますが、ネット集団自殺が初めて発生したとされるのが、2003年の埼玉県の入間市で起きた男性1人、女性2人のネットを介した集団自殺です。
 こういう記事を見ると、いかにも若者の自殺が増えているように思えるんですが、2005年の6月警察庁発表データでは、2004年の0歳から29歳までの自殺者数は、3836人、それに対して、40歳から59歳は12874人となっています。
 総数は32325人。自殺者数は、厚生労働省の発表と警察庁の発表者数が異なることが多い。でも、若者の自殺が増えているという事実はない。けれど、ネット集団自殺という言葉のイメージが若者の自殺者数増加という印象を強く与えているような気がするんです。

S:まず、厚生労働省と警視庁の自殺者数が違うのは、「自殺」の処理が違うからです。
 http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2740-2.html
 にもありますが、死体発見時に遺書がなく、死因が不明の場合、警察庁は、その後の調査で自殺とわかったらその時点で、統計上の数字になります。厚生労働省の場合は、「自殺以外」で処理。死亡診断書等について作成者からの訂正報告がないと統計に現れない。つまり、警察の調査によるか、医師の死亡診断書によるものかで、違いますね。
 さて、「ネット心中」という言葉はもともと2000年の、歯科医師とOLが自殺系サイトで知り合って、睡眠薬自殺をしたときに、読売新聞の見出しで使われました。いまの「ネット心中」は、ロブさんの言うように、2003年の入間市で起きたケース以降、模倣され、連鎖されたものを指します。
 「ネット心中」は、ほかにも「ネット自殺」と言われたりしますが、ネットを介した自殺という意味では、ドクターキリコ事件等のように、ネットで入手した薬物等によって死亡するケースと区別するために、私は使いません。芹沢俊介さんは「集合自殺」と言っていました。
 若者の自殺は急増はしていませんね。ある一定の自殺率を維持しています。たしかに女性に限ってみれば、03年の統計から、死因の一位が自殺というのは、「15〜34歳」までと、それまでの「20〜24歳」「25〜29歳」だけだった枠から広がっていますが。ただし、全体の数値としては「急増」というほどではないですね。手段の一位は相変わらず、「縊首」。首つりですね。ついで「ガス」になっています。
 それに、ネット心中は、若者だけではないですよね。昨年のデータでも、12人が40代以上です。

R:埼玉県熊谷市では、子どもと車の中で練炭を炊いて心中した事件もありましたよね。 「ネット心中」という言葉を産み出したのは、渋井さんの『ネット心中』だと思うんですが、元来、情死という意味合いの心中という言葉を、ネットを介した自殺に使った理由はなぜなんですか?


S:「ネット心中」は、昨年の新語・流行語大賞の候補作となりましたね。説明でも、「渋井哲也の著書」となっていました。でも、もともと「ネット心中」という言葉を産み出したのはマスコミですよ。「ネット心中」とか「ネット自殺」だとかを無自覚に、自然発生的に使っていました。
 私の場合も当初、最初は、「『心中相手募集』自殺事件」としていました(『創』 創出版 03年4月号)。しかし、その後、2人以上の人が同時に自殺するという辞書的には2番目の意味で使い続け、拙著「ネット心中」(NHK生活人新書)を出したことで、定着したんじゃないでしょうか。
 現在でもマスコミで使われることがある「ネット自殺」では、複数自殺の意味がない。また、集団自殺というほどの集団的意味付けもない。
英語圏のマスメディアにも、英語ではなんと呼べばよいか?と聞かれ、「double suicide」がよいのかと思ったんです。情死の意味が薄いですから。情死だと「lovers' suicide」ですからね。だから、「net - double suicide」としたいところですが、2人以上の場合もあるので、「net - group suicide」とせざるを得ませんでした。

R:英語圏では、情死という概念が理解しがたいものらしいですから。フランスなんかでも見ず知らずの人間が会って、自殺することなんかないし、出会い系サイトも、大勢で美術館に行くみたいな感じらしいです。日本で言えば、オフ会ですね。
 以前、渋井さんとお話ししたときに、僕が「感情の介在しない情報伝達のみのコミュニケーションがネット心中につながるのではないか」と言ったときに感情が介在しても、ネット心中は起きると言っていましたよね。
 その辺を、もう一度説明してくれませんか?

S:統計的な取材はしていないので、経験論になります。ネット心中のプロセスを考えると、1)自殺未遂の繰り返し、または発作的にネット心中を考える → 2)自殺系サイトのネットサーフィン → 3)「心中相手」を募集する。または応募する → 4)メンバーは偶然の選択 → 5)役割分担を決める → 6)メンバーとの打ち合わせ → 7)下見をする → 8)実行する、といった流れになっています。
 それぞれのところで、脱落者がでてきます。脱落する理由は、1>メールをするほどのエネルギーがなくなるほど鬱になる、2>自身の自殺願望が頂点に達して、一人で自殺への行動を起こす、3>メンバー内の好き嫌いが発生する、4>恐怖を感じる、などでしょう。また6)と7)と8)は別々の日ということもあれば、一緒の日にやってしまうこともあります。
 基本的には、すべてのメンバーが相手を「人間」ではなく、「自らが自殺するための道具」としての人間とみたときに、成功率が高くなります。そのため、原則的には感情を介在させないほうがネット心中は起きるのです。
 ネット心中を決めた人たちが、ネットで相手を決めてから、無感情にネット心中に向かうといったイメージもあるかもしれませんが、そのプロセスでは、やはり最後まで迷っている人もいます。
 その中でも、もっとも感情の介在があったほうが、よりネット心中へ近づく段階があります。それは、3)から4)にかけてのところで、お互いの悩みを形式的に話し、お互いが絶望感を抱いた場合は、よりネガティヴな感情が介在します。
 そして、社会心理学でいう過剰な自己関連づけ効果が起きることがあります。つまり、相手の一部の話を聞いて、自分と同一視するのです。「自分と同じなんだな」と。その場合は、相手を救うことは自分と同じように死ぬことなのだ、といった考えに導かれます。これは、リストカッターの話を聞いていて、これまでしていなかった人がリスカをしてしまう場合に似ています。
 ただ、その後もそうした自己関連づけが継続して、心の交流ができた場合は、悩みを打ち明けられる相手として考えるようになり、お互いの自殺を止め合うといった場合もあります。この当たりの段階になると、常に「自分も死にたい」でも、「相手は助けたい」、しかし「一緒に死んだ方がいいのか」などの感情がめまぐるしく変化することがあるといった証言もあります。

R:この自己関連づけってのは重要かも知れませんね。批判を覚悟で言うと、ネット心中に至ってしまう時の心理状況は、鬱だとは思いますが、それ以前に個人の資質として、他人の心の動きが読めないアスペルガー症候群的なものがあると思うんです。あくまで、アスペルガー「的」です。
 僕は自殺志願者を取材してて思うんですが、自殺行為を行う前の行動履歴などを聞いていると、視野が狭くなってる、視野狭窄状態になる以前も、かなり視野が狭すぎる。自分の気持ちをわかってくれない周囲に落胆しているけど、その前の自分の行動が、自己本位過ぎるときが多すぎると思うんです。
 もちろん、それを周囲がくみ取ってやるべき何だけど、それには限界があるでしょう? 原因を生育歴に起因させるのは簡単ですが、自殺に至る前の個人の資質、気質の問題は、 脳還元主義以外に見られない。自己関連づけの原因を多角的に分析しないと、ネット心中を減らすのは難しいんじゃないかと、最近、考えるようになったんです。
 

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