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2006年2月 8日 (水)

スタンス

ロブ(以下、R):前回、当事者性の問題を渋井さんがお話ししていました。僕は、『リストカットシンドローム』ではかなり当事者よりの内容でまとめました。それは、意識的に書いたわけではなく、自分が執筆時に当事者であったことが影響しています。

渋井(以下、S):私は、自分自身の漠然とした生きづらさと、ルポルタージュは基本的にはわけています。つまり、原則として、自身の当事者性と関連づけたものとして位置づけたくないというのはあります。
 私自身は、漠然とした「生きづらさ」を抱きながらも、自傷行為をするなどのはっきりとしたアクティングアウトをしていません。そのため、「当事者だ」というほどの存在ではないと思っている、というのもありますね。だから、あまり出さないのかな。
 ただ、本を執筆するうえでは、なぜそのテーマを書くのか、という意味では、自分自身の問題意識や多少の当事者性は出さざるを得ない。だから私も「アノニマス ネットを匿名で漂う人々」(情報センター出版局)で、インターネットを通じて匿名でコミュニケーションする心地よさを感じた体験を、また「チャット依存症候群」(教育史料出版会)では、自身がチャット依存の当事者だったことはふれています。

R:僕は当事者であったがゆえに、取材はしんどかった。だって、知らないうちに取材対象者の心象世界に引き込まれてしまったから。しかし、渋井さんの『アノニマス』を読むと、そういう当事者性からは距離を取って書かれている気がします。そのスタンスは、今でも変わっていないのですか?

S:執筆作品として、私自身の当事者性はなるべくふれたくない、というのは過去でも、今でもありますね。新聞記者をしていた経験があるため、いわゆる「客観報道」の現場にいたというのもあるのかもしれません。
 また、私のルポルタージュのイメージも影響していると思います。私のルポルタージュのイメージは、ルポライター・鎌田慧さんの作品で言えば、「自動車絶望工場」(講談社)よりも、「ドキュメント 隠された公害」(筑摩書房)なんです。
 どう違うかと言えば、「自動車絶望工場」では、鎌田さんは季節工として働き、その労働現場の現状を自らの目で見て告発するのです。つまり、鎌田さん自身が当事者、「内」の人の視点ですよね。潜入モノといばそうなのですが。
 しかし、「隠された公害」では、鎌田さんは対馬にイタイイタイ病と似たような病気が発生しているとの話を聞きつける。しかし、住民はその存在を拒否し続ける。ただ、ある人物の協力によって、取材を始めることができる。そういう意味では、この時の鎌田さんは「外」の人です。
 「内」の視点の作品だって、たとえば、菜摘ひかるさんの「風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険」(光文社)のようなセルフレポート、南条あやさんの「卒業式まで死にません」(新潮社)ような日記、見沢知廉さんの「囚人狂時代」(新潮社)といった体験談は、それはそれで読んでいて面白い(ここで取り上げた人はみんな亡くなっていますね)。
 どちらも好きではあり、ルポルタージュの方法としてはありだとは思います。しかし、自分が書くといったときに、「外」の人が書く、というスタンスのほうが、単純に好きなのかな。あとは、単純に、書き手である自分を「読み物」の中に参加させることが嫌なのかもしれません。
 まあだけど、潜入取材は嫌いというわけではない。それに、そうは言っても、「アノニマス」の中では、自分自身も登場している部分はあるんです。だからこそ、ロブさんも言う、「知らないうちに取材対象者の心象世界に引き込まれ」る経験はよくありますよ。

R:なるほど。でも、僕もやってますけど、メール相談などは、当事者の視点と外部からの視点を持ってないと相談というか、相談されてる側もしんどくなってしまう部分があると思うんです。もちろん、夜回り先生(水谷修さん)のような例外の方もいらっしゃいますけど(笑)。
 僕のスタンスが変わったのは、息子が生まれた2001年ですね。やっぱり、親の気持ちもわかるようになってきたし、友だちの言い分もわかる。それまでは、相談を受けても「うん、うん、わかる」みたいな受容を大事にしてきました。しかし、これは、カウンセリングと変わらない。
 とはいうものの、人の人生を決めちゃうような大それた事もできない。結局、認知療法的な受け答えになっていきました。ただ、この変化は「冷たくなった」との声も聞かれました。でも、自分の家族を犠牲にしてまで僕はボランティアで、相談を受ける勇気はありませんでした。

S:私は相談を受けるというスタンスは、私のサイトを開設した1996年以降、ずっとやっています。最初は、インターネットという匿名の場で「相談」という行為が成り立つのかどうかは分からなかったのです。
 しかし、受け付けてみると、意外と、そうしたコミュニケーションを求めているのだな、と思っていました。当初は非常に具体的な問題をぶつけてこられて、問題の解決を考えざるを得ませんでした。
 だから、地域の行政当局や児童相談所、教育委員会との交渉をすすめたり、通報を求めたりしました。また、担任の先生にどのような相談をし、どう返ってきたから、こんどはこう言ってみてはどうか?とか・・・。
 しかし、2000年前後から、相談の質が変化してきた実感を得ます。それまでは、問題をいかに解決するのかを思考していた人が多かったのですが、徐々に、癒しを求めてきた人が多かったのです。つまり、問題を解決するかどうか、ではなく、話を聞いてくれたのかどうかを求めるようになってきます。
 そうした中では、具体的な相談機関を紹介したり、相談のやりとりをアドバイスしてもあまり効果的ではなかったのです。とりあえず、今の「生きづらさ」についての吐き出し口を求めているといった感じです。
 この状況で、気をつける最大の点は、相手の感情がよりネガティヴにならないようにすることでした。だから、ロブさんの言うように、認知療法的なやりとりが増えました。つまり、いまのネガティヴな思考は、ありうる選択のひとつでしかない。ほかの思考もあり得るのではないか。アニメ・新世紀エヴァンゲリオンの主人公、碇シンジっぽいですが(笑)。

R:渋井さんは、相談をメールなんかで受けたりするとき注意してることってあります?

S:夜、特に深夜にわたってはやりとりをしないようにしました。なぜなら、もそもそネガティブな話をすることは、一時的にでも気分が落ち込むことがあります。それは取材でも同じです。また、夜はそもそもネガティヴになりやすいと言われています。そのため、思考のネガティヴさを助長する可能性があります。だから、チャットやメッセンジャーなどでも相談はのっていたのですが、よく話題をそらしました。
 また、夜は、なにかあったときの対応が遅れがちです。なにかあった場合、駆けつけるのに時間がかかります。仮に、緊急対応が必要になってしまう可能性もあるわけで、そうした時には、救急車を呼びたい。でも、夜は、救急車の到着が昼に比べて遅いばかりか、受け入れる救急病院が決まるまでの時間も昼よりは遅い。そうした悪条件が重なっているために、夜はできるだけしないようにしました。
 一方、スタンスという意味では、当初は、インターネット生きづらさのはけ口になりえる、と過大評価していました。しかし、かえって、生きづらさの世界に閉じこもったり、自傷行為の感染がおきたり、自殺未遂というアクティングアウトを覚えたり、自殺への道を歩んだりしたする人も出てきました。そうした中では、はけ口にもなりえるが、かえって閉じこもるという両方の面があることを分かってきました。そのころから、過大評価はしなくなりました。
 ただし、ネット心中やネット犯罪が起きて、マスコミでコメントする際は、はけ口になることを強調しています。なぜなら、マスコミの多くは、インターネットがあったから、危険に近づいたんじゃないか?と、ネットをネガティヴに言い過ぎるから。

R:ネッ悪玉論は根強いですよね。最近では、精神科医の岡田尊司さんのゲームやネットが子どもの脳をダメにしていくという「脳内汚染」が有名かな。 テレビゲームが人間の脳に悪影響を与えると指摘した「ゲーム脳」よりは、ましな指摘ではあるけれども、データが自分の論を実証するために有利なモノを恣意的に集めた感は否め ない。
 大阪市16歳未満の19時以降の外出を禁止する門限条例みたいに、行政がどんどん子どもを初めとして、日本人の行動範囲を強制的に狭めていくのは解せない動きだと思っています。
 僕も場合によっては、児童相談所まで掛け合うこともありますが、そういうことは身近な人間がやるべきだと思っています。だから、どうしても身近な人間が手を差 し伸べてくれないような場合だけ、ネットを使って、助けを求めるような状況になって欲しい。
 もちろん、行政の仕事をどんどん民間に任せて、小さな政府を実現しようとする自民党が推し進めているような政策に猜疑心すら抱かない日本人に、今さら臨機応変性を求めるのは無理だとわかっています。
 でも、僕がそれでも見返りを求めないで、こういうネット相談なんかを続けるのは、限りなく少数だけれども、「死にたい」、「生きづらい」という声に耳を傾ける人が出てきているからです。
 ただ、ホリエモンみたいに「もっと、世の中を単純にしたい」って考えはおかしい。それは、見えるモノを見えないモノに変えてるだけだから。
 ネットの功罪に関しても、学校だけじゃなく、色々な人が、子供たち、ネットを生きづらさのはけ口にしてる人たちに、良い面と悪い面があることを教育していかなきゃならない。真理ってのは、それだけが絶対なモノではなく、必ず影を持ってるわけですからね。

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