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2006年2月10日 (金)

自傷調査記事をどう読むか?

R:2月6日の毎日新聞夕刊に、『魂の声 リストカットの少女たち -私も「リスカ」だった』の著者、小国綾子さんが興味深いデータを記事に書いています。

自傷行為:「数増え相談時間ない」悩む学校 初の実態調査

 刃物で自分を傷つける「リストカット」などの自傷行為について、学校内で深刻な状況になっていることが6日、国立精神・神経センター精神保健研究所の松本俊彦医師らのグループの調査で分かった。リストカットは中高生の間で目立ち始めたといわれていたが、国内での実態調査は初めて。学校現場も対応に苦悩している。【小国綾子】

 調査は神奈川県内の私立女子高(1校)の2年生126人と、公立中学校(同)の2、3年生477人を対象に04年に行った。「これまでにナイフなどとがったもので身体を傷つけたことがあるか」などの質問に無記名で回答してもらった。

 その結果、女子高生のうち14.3%が1回以上自傷しており、10回以上が6.3%に上った。中学生でも女子生徒238人のうち9.3%、男子生徒239人のうち8.0%が刃物で自分を切ったことがあった。また、「頭やこぶしを壁などにぶつけたことがあるか」との質問には、中学、高校合わせて男子の27.7%、女子の12.2%が「ある」と答えた。

 自傷の理由については、言葉にできない孤独や不安、怒りなどの感情から逃れるためだったり、助けを求める表現などさまざまだ。

 学校現場も対応に追われている。首都圏のある公立中学校では昨年、3年生の間にリストカットが突然広まった。最初は数人だったが、その後続発し、200人足らずの3学年の中で学校が把握しているだけでも20人を超えた。何人もの生徒が次々に「切っちゃった」と保健室を訪れる事態になった。

 保健室で手当てした養護教諭は「片手で生徒の手首の手当てをしながら、もう一方の手で別の子の手を握り締めたこともありました。手首だけでなく手の甲に十文字に切るグループも現れました。誰もがみんな自分の苦しさに気付いてもらいたがっているようでした」と振り返る。

 現在、中学や高校の養護教諭たちによるリストカットの勉強会も各地で開かれるようになった。だが、「自傷者の数が増えて、一人ひとり話をじっくり聞く場所と時間を確保できない」「毎日、生徒に手首の傷を見せられると教師の側も苦しく、精神的に負担だ」「学校は家庭にどこまで踏み込めるのか」など悩みはつきない。

 「夜回り先生」で知られる元定時制高校教師、水谷修さん(49)にも自傷の相談が多数寄せられている。中には、東北地方の中学校の女子バスケットボール部では、顧問の教師が1人をしかった後、部員全員が「私のせいでしかられた」と自分を責めて自傷したこともあった。

 松本医師は「自傷による受診者の増加は医師仲間からも聞く。人間関係の苦手な子たちは身近に自傷している子を見ると、仲間意識や所属意識を感じるために切り始める面もある」と指摘。そのうえで、「『苦しいんだね』『切りたくなったら言ってね』と共感の言葉を伝え、相手にも言葉で苦しみを表現する機会を用意してやり、気持ちを受け止めてやってほしい」とアドバイスしている。

 

 同じような調査では、1月22日の朝日新聞朝刊に鹿児島大学心身医療科チームの自傷に関する調査が載っています。その記事は、幼少期の精神的暴力が自傷行為の危険因子を9倍にするというものでした。
 昨年の夏には、奈良県の養護教員の聞き取りをした調査もありました。奈良教育大の調査でしたが、クラス全員が自傷行為の経験があるとの報告もあったそうです。
 こういう疫学的な報告は、今までの現状を考えると、精神医療側を中心に問題意識が高まってきたとも受け止められます。
 ただ、僕の印象では、自傷行為の原因は複合的で、そういう視点からの調査、分析が必要であるように思います。こうやって自傷行為だけがクローズアップされるのは、木を見て森を見ずという感じがします。

S:この調査の記事は読みました。あと、東海女子大の長谷川博一さんの調査もありますよね。それは地域的な調査ではなく、大学生への調査でしたが、女子の13人に1人がリストカットの経験がある、というものでした。
 ロブさんが言うように、自傷行為の原因は複合的です。親子関係、メディアの影響、社会的な自己のイメージ、性格、友人関係などなど、なにかひとつだけをとりあげて、原因をしぼることはできないと思います。私も取材経験からそう感じます。
 この調査で、ちょっと疑問に思ったのがいくつかありまして。ひとつは、なぜ調査対象の高校が私立女子校1校で、中学が公立1校だったのか?ってことなんですよね。高校でも公立や私立、または共学か女子校かに、あるいはその高校のランクによっても傾向が違うと思うんです。
 私の取材実感でも、私立で女子校で、中堅より上位のほうが自傷行為の経験が多いように感じます。だから、高校での調査は少なくとも、公立を加え、私立も多様なランクでやったほうが何かが見えてるような気がします。この調査だけですと、「ああ。女子高生の間では流行なのね」だけで終わってしまい、どんな高校生に多いのかが分かりづらい。


R:確かに、自傷行為の調査は、ひきこもりと比べても母集団が少なすぎると思います。 あと、どのような質問形式で調査をしているのか公表して欲しいですね。確かに、自傷行為の比率は女の子の方が高い。しかし、それを裏付けるためには、性差の区別がない調査が必要だと思います。
 それと、中高生が多いというだけで、小学生の調査を行っていないのも問題です。最近は、小学生高学年でも自傷してる子どもも多いし、中高生も初めて自傷行為をしたのは、小学生という人が僕の取材経験やHPで行っているアンケートから多いように思います。


S:たしかに小学生という人は私の取材でもありました。中には、幼稚園という人もいましたからね。気がついたら切っていたという人のなかには時期を特定できないときもある。逆に大学生や社会人になってからという人もいますよね。
 あと、この調査ではなにをもって「自傷」とするかが曖昧なのかもしれません。1回しかやっていない「自傷」は、ある意味、その場の衝動だけで問題にならないように思います。注目すべき「自傷」は、何度も繰り返してしまう「嗜癖」としての「自傷」なんじゃないかと思っています。
 たとえば、記事によれば、質問項目に「頭やこぶしを壁などにぶつけたことがあるか」というのがあります。それだけなら、「嗜癖」としての「自傷」ではない場合も多いのではないでしょうか?
 よく、喧嘩したり、いらついていたり、失恋したりしたときに、壁に拳をぶつける人いますよね?笑。そうした自傷は、問題ではない範囲ではないか。結果でも男子の方が多くなっていますが、そうした一時的衝動でやってしまうのは男子が多いと思いますよ。


R:「自傷」の定義づけに関しては、誰も精神科医がしていませんよね。頭や拳をぶつける自傷行為は、気分変動の激しい中高生なら、経験のある人はかなり多いはず。むしろ、「ない」と答える人の方が問題あるように思えるほどです。
 僕が自傷行為で問題だと思うのは、自分の身体を傷付けることでしか、苦しみ、怒りなどマイナスの感情表出ができなくなる状態です。こういう自傷行為を恒常的に行っている人は、何らかの精神疾患に罹患してる可能性も高い。
 ただ、児童思春期精神医学の基準で考えると、必ずしも精神疾患と診断できない場合が多くなっているとの指摘もあります。この辺の区別が、精神科レベルでできるようにならないと、なんでもかんでも「自傷行為」に含まれてしまって、医者が患者を作るという状態につながってしまうでしょう。


S:調査責任者の松本俊彦医師のコメントで、「人間関係の苦手な子たちは身近に自傷している子を見ると、仲間意識や所属意識を感じるために切り始める面もある」というのがありますよね。
 こういうのは、社会心理学でいう「感染」でしょうね。インターネットでもよくこうした現象は見られますよね。もともと自傷をしていなかったが、ネット仲間に過度の共感して、自分も自傷を始める人がいます。
 また、そのときは自傷する感じではなかったが、自傷をしている相手とチャットやメールをしていて、自身も感情的な感染が起きて、自傷をしてしまう。


R:僕の本を読んで、HPの掲示板の書き込みを見て、自傷をしたという人も多いですからね(苦笑)感染、もしくは仲間外れにならないためにという感じで、自傷をしてしまうことはよくあると思います。
 ただ、そこで「やってみたけど、すっきりしないじゃん!」という感覚を持って、一回でやめる人も多い。もちろん、仲間意識を持ち続けるために、何の意味もなく自傷し続ける人もいます。
 一方で、感染というレベルでは、「ああ、すっきりした」という感覚だと思います。こちらは、ヤバい。もう、僕や渋井さんに相談したり、ネットで情報収集をして、自分で自分の人生を悲劇のヒロイン的な方向へ収斂させていく。


S:そういえば、こうした現象を精神科医の斎藤環さんは指摘していたことがあります。自助グループでは、自傷の程度が重い人は共感しあって、抜け出すこともあるが、軽い人たちはかえって抜け出せなくなる、と。
 感情的なコントロールができないから、自傷行為というアクティングアウトをするといった面もあると思うのですが、目の前に自傷をしている人がいれば、様々な感情が湧くと思うんですよね。相手のことを「かわいそう」と思ったり、相手の辛さを想像して、感情的な感染をしたり。
 あるいは、自傷の方法を学んでしまうこともあれば、ほかに自傷をしている人がいるのだから、わたしだって、自傷をもっとやってもかまわない・・・などと。
 たしかに、私は自傷行為それ自体を「悪」とは思いません。しかし、自傷行為をしているときには、その人は周囲の人たちに「過剰適応」だったり、人間関係に支障があったりします。
 そうした面があって、「生きづらさ」を感じ、そのはけ口として自傷行為をしているのなら、全体として生きるのが苦しい。そういう意味では、自傷行為を放置はできない。かといって、事情をよくも知らずに止めるわけにもいかない。
 記事にあった「苦しいんだね」というコメントは微妙だと思うんですよ。なぜかといえば、よく話を聞いていないときに言ってしまうと、「コイツなにも分かってない」と思われてしまいます。
 逆に、十分に聞いた上で言うと、「この人は何でも分かってくれる」と思われて、過度に依存される可能性があります。話を聞く側がどの程度、その覚悟があるのか、によると思うんです。そのほかにも、話を聞く側のコツがいろいろあると思いますよね。

R:この記事を読んで、「苦しいんだね」っていう言葉をマニュアル的に使ってしまう人は多いでしょうね。でも、どんなマニュアルだって、文脈や場の空気に合わせて変形させなければ、相手を余計に傷付けてしまうことも多いでしょう。
 僕の場合、相談される場合、前提条件が高いので、臨機応変に言葉を選びますが、メールの場合は非常に短い言葉で返信せざるを得ない場合が多い。それに、「がんばれ」とか叱咤激励の言葉は禁忌みたいに思われていますが、状況によっては使った方が良い場合があります。
 それと、自傷してる人を救いたいという周囲に人間は、その人自身も巻き込まれる心性を持っていることが多く、ミイラ取りがミイラになる可能性が高いように思います。
 だから、ちょっとの言葉掛けで良いんだと思います。自傷してる人は、それ程まわりに期待はしていない。むしろ、自分の生方について、一緒に悩んだり、思いがけない言葉を掛けられる、「目から鱗」体験を欲しているように思うんですけどね。こういう場合、マニュアル的な言葉は全然役に立ちません。

(2月10日、メール交換にて)

 

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